さて。

今回は、シェアシリーズです。

以前いただいたお便りから私たちが理解して起きたい点について共有したいと思います。

早速、お便りの抜粋から


…略

検証続いています。
つい先日も、どうにもこうにも自分の力では書ききれない(仕事の)レポートがありまして、神の力(本店)にお願いしたところ、上司から感動した!!と言われるほどのレポートが出来上がりました。これはどう考えても自分の力ではない、神の力が働いたなと。。。

そんな感じで着々と確かめて行き、自分のことが信じられるようになりました。

…略



このようなお便りをいただきました。

さて。
では、ここでのポイントは何でしょうか?

それは、神についての理解と信じられるようになる、という二点になります。

それでは、順を追って見ていきましょう!

☆神がなんたるかを経験する

このお便りを下さった方は、以前、何度かご紹介させていただいている方です。
そのお便りをご覧いただければ(こちら)わかると思うのですが、この方は、お便りの最後に、

「そんなわけで私もいよいよ(!)神の力を使う時ですね。」

と書いています。

そして、その後、数ヶ月経って、再度お便りをいただいたのが、今回ご紹介しているものになります。

つまり、この方は、実際に神の力に触れる事を実践されておられた、ということです。その結果が、今回のお便りに現れているわけです。

これは、ただ読んでいるだけでは決して理解出来ないでしょう。
なぜなら、読むのは簡単ですが、実際に実践することは、とてつもなく難しいからです。

これを読んでいる皆さんは、単にフーン、へー、という気分で読んでいるかもしれませんが、いざ自分が実践するとなると、どこから手をつけていいのか?何が正しいのか?そういうことからわかっていないことがわかり、とても継続的にそれを実践などできない、という事実に直面するかもしれません。

けれど、この方は、私に宣言した通りに実践し続け、この方なりの結果を出しているわけです。すさまじいことです。

そうなった時、初めて何が自分だと思っている自分の意志の力で、何が神の力なのか?という識別が出来るようになります。

そして、以前にもまして、神、実在、一なる存在、名称は何でもいいのですが、その一大原理に心を開いていくようになり、人間性から離れていくことができるようになるのです。

ここまで来れば、もうその方にとって、私は、ギブアップの会自体は、あまり必要ないとも言えます。
なぜなら、直接神に繋がって、神の力に委ねることがわかり始めてきているからです。私の言葉より、直接知ることのほうが、よっぽど重要です。
というか、比べ物になりません。

そして、神を知れば知るほど、傲慢になるどころか謙虚になっていきます。
そして、弱さより強さを体現するようになります。

私はこの方と接していて、本当にその通りになっているのを見て、当然の事なのですが、やはり驚いてしまいます。
これは、お世辞で言っているのでも、持ち上げていっているわけでもなく、事実、ただそうなっていることが起こっているのです。

そして、それを見た時、私はやはり私が間違っていないことを再認識するのです。

さて。
この方のお便りを読んで、中には、「いやいや、神をわかっちゃいない」といったような気持ちになる方もいらっしゃるはずです。

けれど、もしそう思っていて、そう指摘したとしても、たぶん…
この方は、意に介さないはずです。

なぜなら、知っている事、直接経験することによって、もうそれで十分だからです。

つまり、他人の評価や評論を寄せ付けなくなってしまうのです。
知っている事で満足してしまっている状態になるのです。

これが強さです。

それはつまり、こういうことです。
あなた”の”体には、右手がありますか?
頭がついていますか?

それと一緒だ、ということです。

右手がある場合、それを信じる必要もないし、考える必要もありません。
なぜなら、知っているから、です。

もし誰かがやってきて、

「いや、それは右手じゃないんだよ。それは、学説によれば違うんだよ」

と言われても、あなたは、その人を気の毒な人だな、かわいそうな人だな、ぐらいにしか思わないはずです。

それと一緒です。

知っている、ということほど完全無欠な状態はないのです。

ですので、皆さんが決定的に知っていることは、決定的なのです。

おわかりになりますでしょうか。

この方は、いまそこを歩いておられます。
そして、経験を積み重ね、知っていることを一つずつ消化しているのです。
もっと正確に言えば、知っている事を思い出す、と言った方がいいのですが。

これが、第一点目です。

☆自分を信じられるようになる

第二点目は、

>そんな感じで着々と確かめて行き、自分のことが信じられるようになりました。

という部分になります。

これは、驚きです!

なぜなら、普通は…

”自分の意志による力によって成功することで、自分を信じられるようになる”

からです。

けれど、この方は、神の力を経験し、その結果によって、自分自身を信じられるようになった。

と言っているのです。

自分だと思っている自分の力を捨てて、神に委ねる事で自分自身を信じられるようになる、というのは、いかに正視に戻っているかの証明です。

くどいようですが、普通は、自分の力による成功によって、自分を信じることが出来るようになるからです。

これは、普通、書けません。
結果が出ていないと、こうは書けません。

神に触れた事がないと、こうは書けません。

すさまじいことです。

神に委ねることで、自分を信じることが出来る、ということは、もう神と自分を引き離して捉えてはいない、ということを意味しています。
それは、合一のサインです。

これは、人が覚醒すると、どうなるのか?
何を語るようになるのか?

という本当に良いお手本です。

もちろん、この方がここまで来るためには、確かに狂おしいまでの茨の道であったことは、たやすく想像出来ます。

でも、きちんとこうして覚醒するとどうなるのか?
では、何を覚醒というのか?

ということがにじみ出て語られているのです。

もちろん、この方は更に歩を進めていくことになります。

そして、このサイトに出会い、こういったテキストをなぜかよくわからないけれど、真剣に読んでしまうあなたもそうなることは確実です。

なぜなら、こうして共有化する事で、皆さんの理解のプロセスは加速されていくからです。

以上、今回はシェアシリーズとして、非常にわかりやすく、かつ、勇気付けられるお便りを共有化させていただきました。

いつもながら、お便りの掲載許可をいただき、ありがとうございました!

※とはいえ、掲載前に本人に校閲していただいておりません。
そのため、本人から削除要請がありましたら、本テキストは速やかに削除することになりますので、あらかじめご了承くださいませませ。