帝に抱きすくめられた瞬間、かぐや姫は、この世界の汚らわしさを完全に理解し、この世界を去ることを決意したわけです。
ここは、私がいる場所ではない。
もう帰らせてください。
瞬間、彼女は最も深いところからこのことをただ願ってしまったわけです。
このようにして、帰還のプロセスが始まるわけです。
同様に、私たちもまたそうなのです。
私たちはもう、帰ることを決意しているのです。
つまり、私たちが帰るには、このようにこの世界を徹底的に理解するしかないのです。この世界が自分の故郷ではない、ということを完全に理解することです。
こういうと非常に簡単な事のように思えるでしょうか?
いえ、違います。
私がこの世界の中で生き、そして観察し続けわかった限りで言えば、誰もがこの世界しかないと思いこんで生きているのです。
私が生きてきた人生では、この世界が本当に幻想で単なる夢だと完全に理解し、そのように生きている人に会った事がありません。
一人もいませんでした。幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、あらゆる職場など膨大な数の人々と接して来ましたが、ただの一人もいませんでした。
誰もが、この世界こそ自分の本当の故郷だと、帰るべき場所はまさしくこの世界だと信じ込んでいるのです。
この世界は実在の世界ではなく、単なる夢の一つだと完全に理解するのに、一体、どれほどの歳月が必要になるのでしょうか?
途方もない歳月…。といえるでしょう。
そして、この文章を本気で読んでいるあなたは、もう帰る事を決意しているのです。それを意識的に知っていようといまいとに関わらず。
さて。
このように帰る事を決意した途端、かぐや姫は多くのことに気づき始めたのです。
なぜ、何のためにこの世界にやってきたのか?
そして、帰りたいのに、なぜこれほどこの世界に魅了されるのか?
この矛盾は、一体何なのか?
彼女の願いが聞き届けられ、帰ることになっても、彼女はもう少しこの世界にいさせて欲しいと懇願し続けました。
これが、彼女の葛藤であり、私たちの葛藤です。
彼女は月の出ている夜にはいつも決まって、月に向かって涙を流していたわけです。そして、今までのような日常が出来なくなり、手入れしていた偽りの庭も荒れ放題となってしまいました。
これは、何かに似ていないでしょうか?
今まで出来ていたこと、当然だった日常がどこかに行ってしまうこと。
眠くても、朝になれば歯を磨き、身だしなみを整え、満員電車の中に駆け込み、辛い思いをして、会社に到着し、やるべきことをやって、くたくたになって夜に帰ってくる。
辛いけれど、それが当たり前で普通だったのに、帰還のプロセスが本格的に始まった途端、そのような一切の当たり前の日常が出来なくなる。
人間関係もすべて変わってしまう。
あらゆる一切を失っていくプロセス。
そして、翁と嫗は彼女の変化に動揺し、何があったのかを外側から心配することは、あなたの家族や友人などがあなたの現状を心配し、何があったのかを推しはかろうとすることと一致しないでしょうか?
まさしく、同じ光景なのです。
彼女の深い哀しみを感じ取って下さい。それは、あなたのそれと同じものではないでしょうか?あなたは、この物語を観て、それを内側に感じないでしょうか?
(つづく…)
【レベル】:ゴールドクラス~ユニティクラス
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