さて。

すっかり変わり果ててしまったかぐや姫を見て初めて、翁は事の重大さに気づき始めます。

なぜ毎日そんなに物憂げな表情をしているのか?
なぜそんなに目に哀しみが満ちているのか?

彼は、かぐや姫にその理由を尋ねるに至りました。

彼は、彼女が日常の何もかもを放り投げ、毎夜一人悲しく涙している姿を見て初めて、やっとただならぬことが起きていることを理解しました。

もし彼女がそのような態度を出さないでいたら、彼は相変わらず何も気づかなかったわけです。

なぜなら、彼は肉体のレベルで生きているからです。
肉体のレベルとは、すなわち、自分だと思っている自分に眠っているレベルの事です。

私は、自分だと思っている自分ではない。
私は、肉体なんかじゃない。

たとえば、私にとっては、私が体ではない事はなんとなくでもわかっていたことでした。

けれども、中学や高校の時の友人達が、「俺は体に決まっているだろ、バカ。それ以外、何があるんだ」という発言を受けたときの途方もないショックをおわかりいただけるでしょうか。

当時、私は彼らの方が成績がずっとずっと上なので、彼らが正しくて、私の理解が間違っているんだ、と結論付けました。
ですので、死に物狂いで勉強し、彼らの成績を上回れば、彼らの境地を理解できると思ったのですが、事実そうなっても、彼らが何を理解しているのかは、さっぱりわかりませんでした。

彼らの成績を上回っても尚、私は自分が体だとは思えなかったのです。

「俺はこの体だ」という時、彼らの前にあのおきまりの奴のヴェールが現れます。その時、私が何をいくら言おうと、彼らはそのヴェールを盾にしてはねのけてしまいました。

「このような状態の存在に、何を言っても無駄なんだ」

当時、私はそのことを痛感したのです。

この状態、眠っている状態の時には、何をどう言おうと無駄なのです。

ですので、翁も当然このレベルにあるのです。
彼は、自分だと思っている自分のレベルの真実はわかりますが、それ以上の真実は知覚出来ないのです。

ですので、彼は肉体のレベルからしか見通すことしか出来ません。
よって、肉体のレベルの行動がおかしいことには、彼は気づけるのです。

彼と嫗は、かぐや姫に必死になって尋ねました。

「あなたの”身”に、何が起こっているんですか?」と。

彼は、尋ねなければわからないのです。
訊き出さなければ、わからないのです。

事実彼は一貫して、彼女について何一つとして気づけず、理解できませんでした。

山を下りるときも、彼は、彼女の気持ちをまるで気にしませんでした。
都で暮らしている時、彼は、彼女が日々どんな気持ちでいるのかも全く気にしませんでした。

彼女が何を望んでいるのか?
全く気にもかけませんでした。

しかし、実は彼は彼女の事を、彼なりに気にしていたのです。
ここが、最もむごいところです。

(つづく…)