☆素直であること

彼らは、共通して、素直である、ということです。

ただ、これは何も、何でもかんでも素直である、ということではありません。
彼らは、肝心な点で素直だし、多くの点でも素直だ、ということです。

彼らは、受け入れなければならないことに対して素直になれるのですね。

彼らが求めているのは、いわば故郷です。源、実在です。
それらを感じさせる”もの”には、素直になれるのです。

これは、たぶん共鳴するからのようです。
彼らは、すでに充分、故郷の音色を聞き分けられるほど成長しているため、その音色を軸に判断するようです。

逆に言えば、彼らは素直ではありますが、かなりシビアな存在達です。
はっきりと音色を聴き分けられるため、不自然な音色に対しては、はっきりとした態度をとります。ここでいう不自然な音色とは、偽りです。

よって、故郷の音色を感じれば、彼らは、心を開き、それを受け入れるのです。

ひとたびそれが起これば、共鳴作用によって彼らは努力なく揚がっていってしまうのです。

☆純粋であること

滑稽なのは、小さい頃には、「立派な大人になれよ。社会に出てからが一人前だ」などとよくいわれたものです。
私だけでなく、あなたもそうなのではないでしょうか?

そして、社会に出れば、本当に一人前になれるのだろうか?
と思って、社会に出てみてわかったことは、社会にもまれればもまれるほど、不純な人間になっていく、ということでした。
この社会を観察し続けてわかったことは、こういうことでした。

言ってみれば、一人前の人間になる、ということは、不純極まりない人間になる事、と同じ事のようです。なぜなら、それが間違ったエゴの目的だからです。

社会は、このことは絶対にばらしません。
目的を知られたら、まずいからです。
でも、私がこうしてばらしてしまっているので、間違ったエゴは困り果てています。彼らは、寿命が近いことに感づいて、悲しみを感じはじめています。

こういうことを言われると、「ムッ」と反抗的な気分になるなら、あなたはまさしくそういう所にいる、ということになります。だから、なぜか突如、イラッとするのです。

なぜそれがそうなのかと言えば、非常に簡単で、世間を見渡してみれば、それは明らかだからです。もし、それがそう見えないのなら、やはりあなたはそのレベルにいる、ということになります。

さて。
実現していく人というのは、非常に純粋です。
目的に対して、純なのです。

その純粋さは、あまりにも純粋なので、周りの人から怖がられます。

出会ってきた中で、成長がバカみたいに早い人は、純粋さを感じ取れます。
その純粋さは、情熱につながりますので、とてつもなく情熱を感じさせるのです。

彼らは、余計なところには目もくれず、まっしぐらに進んでいきます。

そして重要な事は、こうして言われても、自分が純粋だなんて、感じ取れない、ということです。自分の事だとは思えないのです。それぐらい純粋なのです。
これは、眠っている人が眠っていることに気づけないことの逆です。

☆心を開けること

これは、素直さと同じことです。

要は、心を開けるかどうかなのです。

早い人、実現する人は、肝心なところで心を開けます。

私が会ってきた中で、成長が著しく早い方々は、一様にして同じ性質を持っていました。

以上のように、このような共通点を持っています。

この割合によって、成長の速度が決まってくるようです。
私が見てきた限りでは、このようなことが言えます。

ですので、なかなか実現しない場合は、この逆だ、ということになります。
それを、これから見ていきましょう。

(つづく…)