今回もまた、非常に重要な内容について話し合い、理解の助けになれたかと思います。…ではなくて、なれました。(申し込まれた方には大変失礼な物言いになってしまいますが、しかしそうなのですw。仕事はなされました)
全身でわかること
ガイドの中で、その方が発した言葉です。前回のガイドからその方が何に気づき、何を体験したかの整理をしていたところ、おもむろにこの言葉を発したのです。
「全身でわかったんです」
あぁ、そうですね。
非常に非常に的を得た言葉です。
この言葉、非常に心を打たれました。
突然わかることは、全身でわかるわけです。
涙を流しながらも、その感情は驚くほどあちら側にあって、私はと言えば、ただただ全身でわかった、という感覚にひたっている。
これです。
この方は、必要であったので涙を伴いましたが、わかる時は、驚くほど全身でわかるわけです。そこに、「欠け」がないのです。
このように全身でわかる時、わかるのです。
概念ではなく、直接わかるわけです。
こういう体験をすると、もう疑いはなくなります。
驚くほど、疑いとは無縁になるのです。
なぜなら、そこにはもう、「理解しようとする」とか、「信じる」といった理性や知性といった心理的なアプローチが不要になるからです。
それよりももう、それを「知っている」状態になるのです。
知っているがゆえに、疑いが消え去るのです。
信じている時、いまだ疑いがそこにあり、疑いのほうが実は勢力が強いのです。
ここが決定的な違いです。
だからこそ、「直接知る事」について私はくどいほど、そのことを皆さんにお話ししているのです。
今回は、かなりこのような体験をされてこられている方の報告が多くなってきましたので、まとめる意味でも、もう少し続けてお話ししたいと思います。
(つづく…)