ギブアップの会において、私が伝えていく事は、
”分野”ではない、ということです。スピリチュアルの一分野でもなければ、
哲学の一分野でもありません。

世の中には、ありとあらゆる分野があります。というか、創り出しました。
滑稽なのは、スピリチュアルというものも、一つの分野になってしまっている、
ということです。

人間、つまりエゴは、とにかく分類を好みます。
あらゆるものを細かく分けていき、それぞれの独自性という生命を与えられます。

分類、分野という言葉は、分離の”分”、”分ける”という文字を含んでいるのです。
それは、バラバラだということです。
そして、自分の”分”も、分けるという文字を含んでいます。
つまり、自分とは、”自”ら ”分”かれた者、ということです。
まさしく、それはエゴがどういうものなのかを現しているのです。

私たちは、すっかりエゴで、すっかりそういう風に催眠にかけられてしまっているので、すぐに、~主義だとか、~流などという分類、ラベリングをしてしまうのです。
これらの習慣が、私たちを絶望に追いやっているのです。

私がお伝えしたい事は、分離を促す事ではなく、分離を終わらす事についてです。
分離とは、自分が思っている自分で居続ける事です。
分離とは、個人であり続ける事についてです。
分離とは、自分が行為をしていると、ずっと錯覚して生きていく人生の事です。

ここで扱われているテーマ(テーマ自体が分野や分類という要素を含んでいますが)は、全て、いかに幻想を終わらせるかへ収斂させるようにしています。



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