この段階に入っていくことによって、親しんでいるメソッドなどを捨てていくことになります。

例えば、ワクワクするような、人生をもっと楽しむための方法論ではなくて、今、向き合っている闇を終わらすための指針を与えてくれるような教材に自然と目が行くようになります。

なぜなら、ワクワクする事、現実をもっと素晴らしいものに創造していく、というだけでは、この闇に何の影響も与えてない事が、経験としてわかるからです。

この深い闇にいるとき、無理やりワクワクする事を自分自身に強いても、人生が改善して行くどころか、もっと深い窮地に陥ってしまうことになるだけ、ということがわかってきます。

ここで、私たちは、この夢を膨らませるためではなく、この夢を閉じる事が重要なのだと、気づくのです。

ワクワクする事は、夢をさらに夢らしくすることです。

私たちは、夢の中の旅人ではなく、夢を超えた旅人でありたいと願うわけです。
そして、その姿こそが、本来の姿である、ということです。

ですから、その為に歩みを止める事はありません。
そして、その素直で純粋な願いによって、贈り物は、あなたの所に静かにやってくるのです。

ここで、ではなぜ一瞬でそれを終わらす事が出来ないのか?
という疑問に気づかなければいけません。

その答えは、あなたの横には常にアサシン(間違ったエゴ)がいて、あなたもまたそれに魅了されている、ということなのです。
常に、あなたを殺すためにアサシンが隙を伺っているのです。

神の解決は、常に一瞬です。

なぜなら、神は時間を知らないからです。

だからこそ、これほどまでに時間がかかってしまうのは、私たちは神ですが、神を忘れて、そこから遠く離れてしまった場所で機能 ”していると思っているから” なのです。(実は、1ミリも離れていないのですが)

このクラスでは、ここまでわかることはありませんが、しかしながら、このことの香りをかぎ、求められているミッションを遂行していくことになります。

つまり、未だ残っている自分自身の動物性、自惚れ、傲慢さ、こういった全ての闇(間違ったエゴ)を洗いざらい見て、理解し、それを終わらすプロセスを、ここから始めて行くのです。

このクラスでは、まずその闇の深さに愕然とすること、闇の強烈さに圧倒される事が起こります。

そして、このクラスの肝心な点は、その闇に戦いを挑んでも負けるだけだ、ということに気づくことです。

このクラスにおいて、戦いは意味をなさない、という決定的な理解をすることになるのです。

なぜなら、もう愛を知っているからです。
神がなんたるか、そのほんのささいなつながりだけですが、それでも、善悪の戦い、人間が繰り広げ続けている戦い、二元性の戦いには、何の希望も意味もない、ということに決定的に気づくのです。

そうではなく、戦って相手を打ちのめすことではなく、闇とは自分自身であること、だからこそ、自分に戦いを挑むのではなく、理解しようとする事、そこに脱出口があることに気づくことです。

このことに気づく事によって、このクラスの終わりが来ます。
そして、この超難題に向き合うべく、次のクリアクラスへと移行することになります。